お別れ

10月2日。姉から携帯にメールが入る。。
『6:15ばあちゃん亡くなったよ』
齢98歳だった。

つい三週間程前。たまたま敬老の日が公休だったので、
体調を崩して入院しているばあちゃんに会いに旭川に行ったのが最期となった。

仕事を終え、一路旭川へ。。。
友人の経営する居酒屋に2年振りに顔を出した後、斎場へ向かった。
到着後、いとこのひろが線香番をしていた。
ばあちゃんの棺を覗き込む。。。
知らずと頬をつたう涙。。。
今迄の出来事、想い出、全てがフラッシュバックしたからだ。

数名の叔父や叔母が深夜にも関わらず、私に話しかけてきた。
みんな平均70歳の高齢者だ。
これは、ある程度の取り仕切りは行わなければならないと感じ、
斎場の方、叔父叔母の嫁、旦那達の間に入り、皆の補えない部分の連携をとる。
親類の兄弟は仲がいい方だが、兄弟だけに様々な確執も存在している。
だが、12人居る従兄弟達は皆仲がいいのが救い。
そんな中でも、私のポジションは何処とのしがらみも無い。
僭越ながら、要所で決めかねている所に口を出させて頂いた。
私の言う事は、皆聞くのだから。

今回4日が友引にあたる為、3日仮通夜、4日お通夜、5日お葬式という日程。
仏教の宗派によっては、お通夜も行わない習わしもある様だが、
ばあちゃんの宗派はソレは良しとしていたそうだ。

ばあちゃんの意志として…
密葬〜家族葬にして欲しい。それと香典は一切頂かないで欲しい。
この2点は必ず守ってくれとの事だったらしい。
その甲斐もあって、大きなトラブルも無く、
そして私の様な経験の浅い者でも意見出来たのだと思う。

3日の仮通夜は、少数の親族で執り行われた。
夜。少し2時間位仮眠を取り、線香番を従兄弟と交代で朝迄。

4日のお通夜では、殆どの親戚や従兄弟も顔を出してくれた。
その後の、線香番は相当賑やかしいものだった。
各々語り明かし、眠たい人は寝かせて、その日も睡眠は取らず朝を迎えた。

5日のお葬式では、わたしが弔辞を行った。
内容は些末ではあったが、思いを涙を堪えながら一言一句
噛み締めながらばあちゃんに別れの言葉を送った。

その後、東旭川にある火葬場へ。。。

本当に思うことは様々あるが、結果的にはいい形でばあちゃんを送り出せたと思う。
そして、皆がばあちゃんに対する想いは、同じだった。
コレだけの人間に愛された人。
大正3年生まれ。約1世紀生き抜いたばあちゃんに対し
心より感謝を述べたい。

『今迄、本当に本当にありがとう。』

この先。親達兄弟、従兄弟の幸せをあの世から見つめてくれることだろう。


文面も支離滅裂だが、想いを筆に任せてかいてみたので、
その部分はお許し頂くとして今回の章を締めたいと思う。。。
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by kisobauz | 2012-10-08 10:54 | Comments(2)
Commented at 2012-10-12 20:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kisobauz at 2012-10-15 11:41
なかえさん>
そうだね。感じ方、考え方で変化はするよね。
ま、私の中では大きな存在だったとはいえる。
心では永遠だもね。