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こちらからは何も言うまい。するまい。

明日から元気に生きてみようぞ。
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昨日、夜半…自転車で走行していると後方から気配を感じた。
振り返る間もなく、自転車に乗った若い男が私の横を駆け抜ける。

疾風(はやて)の如く…

昨年、西洋人に追い抜かされた事があり、身体能力に脱帽した訳だが、
今回は、ロードタイプのいかにも的なもの。私はギア無しのママチャリ。
経験値では拭いきれないマシン性能に『してやられた』と、いったところか。
軽くこいでいた様に見えたが、あれで30㌔くらい出ていたんじゃないだろうか?
近代スポーツにおいて、『道具ひとつ』と、よく言うから、
進化した装備と性能とやらにより導き出された速さ。

あー。。表題の紹介が遅れたが、スポーツタイプのチャリに乗っていた
彼のファーストネームは『ハヤト』という。もちろん、私が呼称した仮名に過ぎない。
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今回の【東日本大震災】で可哀想と思い胸を痛め、
義援金をつのったり現地でボランティアなど温かいエピソードのさなか、
こんな記事を目にしたので少し転載する。

【「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見】
南相馬市の小学生の兄弟のケース。
避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。
市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後、船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。
兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。
兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

【福島ごみ「受け入れるな」 川崎市に市民ら苦情2千件超】
川崎市の阿部孝夫市長が東日本大震災で被災した福島県を訪問し、がれきなどの災害廃棄物処理の協力を申し出たことに対し、2000件を超える苦情が市に寄せられていることが13日、明らかになった。
阿部市長は7日、福島県庁で佐藤雄平知事と会談。被災地支援の一環として「津波で残ったがれきなど粗大ごみを川崎まで運び、処理したい」と申し出た。
このことが新聞などで報じられた8日以降、川崎市のごみ処理を担当する処理計画課などに「放射能に汚染されたものを持ってくるな」「子供が心配」といった苦情の電話やメールが殺到。中には阿部市長が福島市出身であることを挙げ、「売名行為だ。福島に銅像を建てたいだけだろう」というものもあったという。

しかし、どうして、こういう考えになるのか?
復興の手助けってお金だけじゃないでしょう?
売名行為って…そんな事ウダウダ言ってる場合かっての!

これには今までの、マスコミの報道の仕方もあるし、
クレーム社会に言及した最近の風土にもあるが、
批判を批判で返していたら、何も生まれないって!
この国の政治でも、立証済みでしょう?そうでしょう!

結局、同情してんのって上辺だけじゃないか?
可哀想と思うだけ思って、いざとなったら突き放す。
勿論、千葉市民、川崎市民の総意ではなかろうが、
こういった考えを持つ人間が数千人規模でいるのだと考えたら
本当の意味での日本の再生は不可能に近い。と、思わざるを得ない。

まるで数々の男を食い散らかし、散々貪った挙句ポイ捨てする『悪売女』の様に…

悪い奴はトコトン性根腐っても気が付かないのは私も経験済みだが…
なんぼなんでも、これは酷いと思う。

しかし、被災者には不適切に聞こえるかもしれないけれど、
日本を再生させるチャンス。だと思う。これで協力したり出来ないのなら…
この国の明日は無いわな…可哀想なのはコレから未来を担う子ども達だ!
本当の意味での助け合う心、日本人の気質をどうか取り戻しましょうよ。
そう願いたい。これがマトモな考えだと思うのです。

でも政治家…特に政府は『何もしていない』と思います。(結局批判かい(笑))
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正直、プライドも何も無い仕事に従事して久しく、
このままでいいやと投げやりな気持ちであった事も事実。
だからと言って、他に何が出来る訳でもない。
だけど…『ヒョットしたら』何か出来る事があるのかも知れない。

そう思う事は容易いが、空想の産物である事も又、事実。

才能が無いってのはホントきつい。
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